親の介護をしないとダメですか? 2 【PR】

母をベッドから起きる手伝いをしてくれたリハビリ施設のスタッフは、もちろん純粋な善意で仕事抜きで駆け付けてくれたのです。(前回の 親の介護をしないとダメですか?1 の続きです。)

それでも、夕方からの仕事を空ける気はなかった。普通ならば、会社の上司に事情を説明して有給休暇を取ってもよい出来事だったでしょう。けれども、私は、仕事とはそういうものだと決めていた。

母を置いて出勤。後ろめたさは微塵もなし。

担当のケアマネージャーさんの計らいと、ショートステイの受け入れによって、その日のうちに母は、近くのショートステイのお世話になる事ができました。

もしもその時点で私が実家に同居していたならば、在宅介護を選択していたかもしれません。すると、かなり大変な日常が待ち受けていた事でしょう。

24時間すべてをお任せできる居場所を確保できた事は、これまで通り私が生きてゆける事を担保してもらえた事でした。

「もう、苦労して手に入れたマイホームで暮らすことはできなくなったんだな・・・」と、それまでは、当たり前に過ごしてきた母の居ない実家でフト思う事もあります。

諦観。

1 - 1 = 0

感情や思い出にふける人情をわからなくはないけれど、いずれ私もこの世からいなくなる、100%。

今をなんとかし、少し先の今後を予測して対応策を調べて知っておく。それが済んだら、手放す。

自分の今に集中する。たんたんと生きる。刹那的に生きるケセラセラでもありません。感情的であるよりもクールに生きる。

仕方のない事に悩まず、できる小さな1つ1つを無理せずしっかりとやる。

幸い母は頭がしっかりしており、自称「テレビの番人」、社会の出来事にも詳しい。

例えば大相撲。昔は禁じ手であった技でのし上がったと、今も現役の大横綱を嫌う目は、はしゃぎ囃す世間様より鋭い。

毎日痛い痛い骨からの痛みはあっても、他の入居者のクセを知り、事が起きると介護スタッフにアドバイスし助ける。スタッフ伝いに報告されて後、施設長に感謝されている。

できない事を手放し、できる事で生きて見せている。

比較的私と母は良好な親子関係なのでしょう。母が元気な時に良く旅行に出かけました。

杖を突きながら生活している頃に「一番行ってみたいところはどこ?」と聞き、上高地に旅行に連れ出したのは懐かしく、車に乗って遠出のできる最期の体力を使えた、良いタイミングであったと思います。

河童橋に立つ母を撮影した。その上高地にも母はもう行けません。

仲は良いけれど、真っ正直な性格同士のためか、ケンカも良くします。同居して介護に私が関わったならば、ケンカは絶えなかったろうし、互いに苦しかったと想像します。

老人ホームにいるからこそ、思いやれる隙間、余裕ができたと思うのです。

 

 

投稿者プロフィール

みえる
みえる
埼玉県中部から湘南新宿ラインを使って東京都心に勤めています。親の介護体験はありません。

自転車で10分程の老人ホームに住む母に、週2回程度、手料理を持参したり差し入れや病院の通院の付き添いで訪問しています。

母が老人ホームに移り住むタイミングで近くに引っ越しました。通勤時間は長くなりましたが、自分の時間が作れました。

左の写真の絵は私が描いた絵ではありません。

超多忙な時期に自分を取り戻すかのような思いで購入しました。日本画家東山魁夷の「道」の複製です。とっても好きな絵です。人の人生のよう。

忙しいからこそ、絵画を鑑賞したくなる時があります。アンバランスでどこか不足した栄養素を補うような本能で、美を欲するのを感じるからなのでしょう。

しっかり働き、自分の時間を大切に、そして、親の助け手でもある。恩返しする。これまでも、これからも・・・。