親の暮らす老人ホームの近くに住み、都心に勤める一人暮らしのサラリーマンです。
毎週、夜勤勤務があり長期休暇は年に2回。
学生の頃に油彩を描いていたので、絵を見る事や写真を撮影する事も好きです。
左の写真は、北海道十勝の孤高の農業画家、若くして亡くなった神田日勝(にっしょう)の記念美術館へ念願叶って10年越しの思いで訪問した時に公園で撮影しました。
テレビの神田日勝の特集で「室内風景」を観て引き込まれました。
なぜならば、高校生の私は部屋を新聞紙で覆っており、まさにあの時の自分が描かれていると直感したからです。
神田日勝の「室内風景」に共鳴する人は今のほうが多い気がしています。

神田日勝が生業の農業に従事しながら、死に際まで描いた馬の絵は、記念館のシンボルとなっており、絶筆の「馬」からは、馬の息が聞こえるようで、筆の勢いからは神田日勝の絵画へ向き合う思いが伝わってきたように感じました。
ひとり生きてゆくだけで大変な時代だと日頃から思っています。しっかりと生きてゆく事が一番の親孝行なのかもしれない。
生きるためだけに働いて、それでくたびれおしまいにしたくはありません。神田日勝の足元にも及びませんが、本業以外にやりたい事が1つならず私にはあります。
「親孝行したいときには親は無し」と耳にすることがあります。嫌いな言葉。
ほんとうにそうだったのでしょうか?
1つくらい、できたのではないんでしょうか?
ほんとうにそうだった方もいることでしょう。親孝行な方が、「もっと・・・」と思うのが世の常なのかもしれません。
でも、当たり前のように口にしたくありません。

なぜなら、寿命が延びたなら、子が気づくチャンスは増えたのだし、親子で共有できる時間も長くなっているハズだからです。
在宅介護の経験のない私のしている事は、介護体験者からは親孝行に当てはまらないのかもしれません。
大変な事を避けている、と思われる方もいるでしょうか。
そうなのかもしれない。
それでも、今の生活でできる事をし、人生の恩人(親)に恩返しする。生きているうちに、できれば親が元気なうち(寝たきりではないうち)に1つでも多く。
親の為にできる事を惜しまない。自分の人生ももちろん大切にしてゆく。
親を理由に、自分のやりたい事を放り投げない。
全方位で後悔しない人生を送れたらナと思っています。